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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)36号 判決 1996年3月21日

東京都中央区日本橋茅場町1丁目14番10号

原告

花王株式会社

同代表者代表取締役

常盤文克

同訴訟代理人弁理士

古谷馨

溝部孝彦

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

青山紘一

松縄正登

花岡明子

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が昭和59年審判第20143号事件について平成2年11月8日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年5月18日名称を「吸水性物品」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和56年特許願第74716号)したところ、昭和59年8月30日拒絶査定を受けたので、同年11月7日審判を請求し、昭和59年審判第20143号事件として審理され、平成元年7月24日出願公告(平成1年特許出願公告第35105号公報)されたが、特許異議の申立てがあり、平成2年11月8日異議の申立ては理由があるとの決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、平成3年1月30日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

水透過性の表面層と、水不透過性の防漏層と、上記表面層及び防漏層間に配置された吸収層からなる吸水性物品において、上記表面層が表面部分と圧縮弾性部分との2つの層からなる不織布からなり、前記不織布の表面部分の層の坪量は5~15g/m2、圧縮弾性部分の層の坪量は20~45g/m2の範囲であり、これら2つの層は重ね合わせてバインダーにより一体に成形され、更に前記不織布はその湿潤時において、

E=KρFa

なる式が実質的に成立する範囲内で前記不織布の圧縮特性式

ρF=ρF0〔1+{(a-1)P/(KρF0a)}〕1/(a-1)

におけるρF0及びKの値が

ρF0≦1.2×10-2g/cm3

K≧1.2×106

の範囲にあることを特徴とする吸水性物品。(別紙図面1参照)

但し上記2つの式において

E:ヤング率〔g/cm2〕

P:圧力〔g/cm2〕

ρF:不織布のみかけの比重量〔g/cm3〕

ρF0:圧力が0g/cm2におけるρF〔g/cm3〕

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  昭和55年特許出願公開第158367号公報(以下「引用例」という。)には、疎水性繊維(ポリエステル繊維)を主材としてなる少なくとも上層部と下層部とを有し、前記上層部が表面平滑であって前記下層部よりも細繊度(上層部は1.5d、下層部は6d)の繊維で高密度(上層部は0.33g/cm3、下層部は0.04g/cm3)に構成され、これら繊維に付着されているバインダー(ポリアクリル酸エステル)が前記下層部よりも前記上層部に多量分布し、上層部の坪量が15g/m2、下層部の坪量が18g/m2である生理用ナプキン、紙おむつ等体液処理用品の外装不織布(特に、特許請求の範囲、実施例3の記載を参酌)が記載されており、また、「不織布全体の繊維坪量は、20~60g/m2であって、上下層部のその割合は、不織布の使用目的、用途によって異なるが、上層部の密度が高く、下層部の密度が低くなる範囲で適宜選択される。」(2頁左下欄2行ないし6行)ということも併せて記載されている。

(3)  本願発明と引用例記載の発明とを対比するに、水透過性の表面層と、水不透過性の防漏層と、上記表面層及び防漏層間に配置された吸収層からなる吸水性物品は従来周知のものであり、引用例記載の発明の体液処理用品もそのような構造をもつものであると推認することができるから、両者は、吸水性物品において、表面層(引用例記載の発明では外装材)が2つの層からなる不織布であって、その1つの層(本願発明では表面部分、引用例記載の発明では上層部)の坪量が5~15g/m2を満足するとともに、他の層(本願発明では圧縮弾性部分、引用例記載の発明では下層部)の坪量が前記層より大きく、かつ、2つの層は重ね合わせてバインダーにより一体に成形されている点において一致し、次のイ.及びロ.の点において相違する。

イ.前記不織布が、本願発明では、その湿潤時において、

E=KρFa

なる式が実質的に成立する範囲内で前記不織布の圧縮特性式

ρF=ρF0〔1+{(a-1)P/(KρF0a)}〕1/(a-1)

におけるρF0及びKの値が

ρF0≦1.2×10-2g/cm3

K≧1.2×106

の範囲にある(但し上記2つの式において

E:ヤング率〔g/cm2〕

P:圧力〔g/cm2〕

ρF:不織布のみかけの比重量〔g/cm3〕

ρF0:圧力が0g/cm2におけるρF〔g/cm3〕)

というものであるのに対して、このようなρF0及びKの値について引用例記載の発明は言及するところがない。但し、不織布のみかけの比重量を引用例では密度と表現しており、上層部の密度は0.33g/cm3、下層部の密度は0.04g/cm3である。

ロ.前記他の層の坪量が、本願発明の圧縮弾性部分では20~45g/m2であるのに対して、引用例記載の発明の下層部では18g/m2である。

(4)  そこで、上記相違点について検討したところ、その結果は次のとおりである。

イ.相違点イ.について

<1> Kの値について

本願明細書には、「圧縮弾性の目安となる定数Kの値は、つかいすておむつなどのウエツトバツクが少なくなるためには、乾燥時においてはもちろんであるが湿潤時においてさえも1.2×106以上となる必要があり、大きくなるほど望ましい。湿潤時のK値を大きくする因子としては、セルロース系などの親水性繊維は望ましくなく、合成繊維がよく、繊度の大きな物を多く含むほど大きくなる。」(6頁16行ないし7頁3行)とあり、例えば、実施例11において、表面部分としてPET(ポリエステル):1.5d×51mm 70%、レーヨン:3d×51mm 30%、坪量10g/m2と、圧縮部分としてPET(ポリエステル):6d×51mm 100%、坪量20g/m2からなるカードウエブを用いて、メチルメタクリレート/エチルアクリレートコポリマー(50/50)10%エマルジョン液をスプレーした後、乾燥、熱処理を行い、ρF0=0.9×10-2g/cm3、K値4.5×106の不織布を得ている。

この実施例のように、親水性ともいえるレーヨン繊維を用い、かつ、エマルジョンバインダーを用いる場合も、特許請求の範囲の圧縮特性式のK値に含まれること、かつ、引用例記載の発明の不織布は、湿潤時における圧縮弾性がレーヨン繊維よりも高い疎水性であるポリエステル繊維のみを用い、上層部及び下層部の繊度、坪量等が本願発明の前記実施例とほぼ同じであることからすると、引用例記載の発明の不織布もまた、本願発明の圧縮特性式を用いて測定すると、前記K値の範囲に含まれるものと推認することができる。

してみると、本願発明における不織布と引用例記載の発明における不織布とは、Kの値については差異がないといわざるを得ない。

<2> ρF0の値について

一般に不織布のみかけ比重量は、厚さと重さの値から計算し、厚さは厚さ測定機を用い、20g/cm2の荷重のもとで一定時間放置して求めるとされている。(「繊維計測便覧」461頁、日本繊維機械学会昭和50年3月10日発行参照)

そこで、本願発明における不織布のみかけ比重量ρFを、前記圧縮特性式において圧力Pを20g/cm2、aを3とした場合に、実施例11について計算してみるとρF=0.03(g/cm3)となり、同じく実施例7はρF=0.06(g/cm3)となる。

一方、引用例記載の発明においては、密度(本願発明のみかけ比重量と同じであることは明らかである。)が、上層部0.33g/cm3、下層部0.04g/cm3であり、したがって、全体の密度は、平均して0.04g/cm3より大きく0.33g/cm3より小さいものと考えられる。

してみると、本願発明で特定しているρF0≦1.2×10-2g/cm3を当然満たすものであるといえる実施例7、実施例11等の不織布におけるみかけ比重量ρFは、引用例記載の発明の不織布における密度と実際には差異がないものであるといわざるを得ない。

ロ.相違点ロ.について

引用例記載の発明の不織布は、具体例こそ上層部15g/m2、下層部18g/m2ではあるが、該引用例には不織布全体の繊維坪量は、20~60g/m2であって、上下層部のその割合は適宜選択される旨も記載されており、この趣旨からすれば、前記具体例のものにおいて、下層部を20~40g/m2程度のものとすることは、そのようになし得ない特別の理由も見当たらない以上、当業者にとって適宜実施できることであるというべきである。

(5)  相違点については、上記説示のとおりであり、そして、吸水性物品を適度の引張強力をもち、吸水性が良く、ウエットバックが少ない触感のすぐれたものとするという本願発明の作用効果は、引用例記載の発明のものと比較して格別なものであるということもできないから、結局、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。

(6)  以上のとおりであるから、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点のうち、(1)ないし(3)は認める。

同(4)のうち、相違点イ.についての、<1>Kの値について、本願明細書に審決認定の事項が記載されていること、並びに本願発明と引用例記載の発明との上層部及び下層部の繊度が同じであることは認め、その余は争い、同<2>ρF0の値について、不織布のみかけ比重の計算方法及び本願発明の実施例11と7のみかけ比重ρF値、及び引用例記載の発明の密度(本願発明のみかけ比重と同じ)の認定は認め、その間に差異がないことは争う。相違点ロ.の引用例に審決認定の事項が記載されていることは認め、その余は争う。

同(5)及び(6)は争う。

審決は、本願発明の技術内容を誤認して相違点を看過し(取消事由1)、引用例記載の発明の技術内容を誤認して相違点イ.の判断を誤り(取消事由2)、また、相違点ロ.の判断を誤った(取消事由3)もので、違法であるから取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点の看過)

審決は、本願発明と引用例記載の発明との相違点として、相違点イ.及び相違点ロ.の2点をあげるのみである。

しかしながら、本願発明は、柔らかな感触を与え、かつ、吸収層に保持された体液が着用者の肌に戻ってこないような表面層を提供することを技術的課題(目的)とする。

本願発明は、上記の技術的課題を達成するため、特許請求の範囲の構成を採用したものであり、本願発明の不織布においては、柔らかな感触を保つために第1の層を坪量5~15g/m2と薄くし、強度の減少を坪量20~45g/m2とした第2の層と一体化することにより防いでいる。そして、液戻りを防ぐためには、第2の層が湿潤時にあっても、空間が保持され、弾性を有する圧縮弾性層を形成している。具体的には、バインダーにより繊維と繊維が点接着して骨格が形成されているため、繊維の自由度が大きく、弾力性を生じ、骨格を形成する接着点が3次元的に構成され、湿潤時にも不織布の圧縮圧力が0のときの比重量ρF0値が0.12g/cm3以下で、K値が1.2×106以上となる弾性を有する圧縮弾性層である。このような圧縮弾性層を設けることにより、例えば、本願発明の吸水性物品を使い捨ておむつに使用した場合、着用者のお尻の表面と吸収層との間に静止状態で約0.7ないし1.0mmの距離が保たれると想定され、液戻りが十分防止される。

これに対し、引用例記載の発明は、不織布が疎水性繊維を主材としてなる上層部と下層部とを有し、上層部が表面平滑で下層部よりも低繊度の繊維で高密度に構成され、上層部と下層部とをバインダーで結合することが記載されていることは認められる。しかしながら、この不織布は、本願発明の圧縮弾性の要件を具備しない。

すなわち、従来の製造法(主として浸漬法と呼ばれるもの、例えば引用例の実施例1、2)及び繊維組成(上層低繊度、下層高繊度)では、柔軟かつ嵩高の不織布は得られなかったのであるが、本願発明においては、熱溶融バインダー繊維を主体とする2層構造よりなる不織布を熱風融着する接着繊維方式あるいは2層構造の不織布にポリマーエマルジョンをスプレーした後熱処理乾燥するスプレー方式等の方法により成型し、柔軟かつ嵩高の性能を有するものを得たのであって、その新規な不織布の特性を湿潤時の圧縮特性式により規定したのである。

引用例は、単に上層部と下層部の繊維繊度、密度を限定し、バインダーで結合することを記載するにすぎず、これだけでは、本願発明のような柔軟かつ嵩高な不織布は得られない。

審決は、このような相違点を看過している。

(2)  取消事由2(相違点イ.の判断の誤り)

イ.本願発明におけるK値、ρF0値についての技術的意義と引用例記載の発明におけるK値、ρF0値について

<1> 審決は、「引用例記載の発明の不織布は、湿潤時における圧縮弾性がレーヨン繊維よりも高い疎水性であるポリエステル繊維のみを用い、上層部及び下層部の繊度、坪量等が本願発明の前記実施例とほぼ同じであることからすると、引用例記載の発明の不織布もまた、本願発明の圧縮特性式を用いて測定すると、前記K値の範囲に含まれるものと推認することができる。」との認定を前提に、「本願発明における不織布と引用例記載の発明における不織布とは、Kの値については差異がないといわざるを得ない。」と判断している。

しかしながら、本願発明の要旨においては、K値及びρF0値は、「ρF0≦1.2×10-2g/cm3、K≧1.2×106」と明記されているのに対し、引用例には、どこにもその不織布についてK値、ρF0値の具体的数値が示されていない。

そして、審決は、本願発明の実施例11と引用例の実施例3とを比較して、繊維の湿潤時圧縮弾性が高く、本願発明の使用するものと繊度、坪量がほぼ同じであると判断している。しかしながら、これだけでは、不織布として柔軟かつ嵩高である(すなわち、本願発明のK値、ρF0値の範囲を満足する)とはいえない。

<2> 審決は、「本願発明で特定しているρF0≦1.2×10-2g/cm3を当然満たすものであるといえる実施例7、実施例11等の不織布におけるみかけ比重量ρFは、引用例記載の発明の不織布における密度と実際には差異がないものであるといわざるを得ない。」としている。

この結論は、本願発明のみかけの比重量ρFと引用例記載の発明の不織布の密度とが差異がないと述べているにすぎないものであるが、みかけの比重量ρFではなく、圧力0g/cm2におけるρFの値であるρF0の値を比較すべきである。荷重20g/cm2下でのみかけ比重量ρF値に差がなくとも、両者のρF0値が同じであるということにはならない。このように、ρF0値の比較について言及するところのない審決の相違点イ.の判断は誤りである。

<3> 引用例の実施例3の場合は、繊維ウエブをバインダー水溶液に浸漬するので、多量のバインダーが繊維ウエブ中の特に上層部の繊維に付着する。バインダーが下層部よりも上層部に多量に分布する場合には、上層は繊維同士の結合部分が多くなるので、上層を嵩高くかつ柔らかく形成することはできない。このようにして得られた不織布のK値は低く、ρF0値は高くなり、いずれも本願発明の特許請求の範囲に規定する範囲外となる。

これに対し、本願発明の実施例11の場合は、バインダー水溶液をスプレーして上層のバインダー量を少なくしているので、得られた不織布のK値は高く、ρF0値は低く、圧縮弾性を有する嵩高性を保持する。

本願発明の目的は、先行技術の欠点(本願明細書3欄2行ないし16行)を改善するものであり、そのために上層のバインダー量をできるだけ少なくして特許請求の範囲に規定するK値、ρF0値を満足するように形成した不織布表面材を有する吸水性物品を提供するものである。

ロ.引用例の実施例3の不織布のK値、ρF0値の実験結果について

<1> 引用例の実施例3の第3表に示された不織布のK値、ρF0値が本願発明において規定するK値、ρF0値の範囲に含まれないことは、柴大介作成の平成3年7月12日付け実験報告書(甲第4号証の1)及び平成4年5月20日付け実験報告書(甲第4号証の3)並びに上記実験に用いた不織布の製造条件についての平成3年11月18日付け説明書(甲第4号証の2)から明らかである。

<2> 前記実験報告書の実験データは、いくつかの点で引用例の実施例3の正確な追試とはいえない点があるが、それらの点は、以下のとおり、実施例3を追試した不織布相当品が本願発明の要旨において規定されるK値、ρF0値の要件を満たさないことを証明する妨げにはならない。

ⅰ.引用例の実施例3で用いる繊維は、上層部の繊維長が42mmであるのに対し追試の不織布相当品は51mmである点。

上記繊維は、カード方式のウエブ形成に一般的に使用されるステープル繊維である。カード方式のウエブ形成に適当なステープル繊維長は、40ないし70mm近傍である。一般に、バインダーで接着した不織布は、接着点の数と分布が25mm以上では、繊維長依存性がほとんどないため、接着点の数と分布に強い影響を受ける物性(強度、弾性、柔軟性)は40~70mmの範囲では繊維長によらないとしてよい。特に、引用例の実施例3の不織布と追試の不織布相当品で使用している繊維長(42mmと51mm)の繊維における差は小さく、不織布物性の繊維長による有意差を検出することはできず、このことは技術常識である(甲第7号証の1、2)。

ⅱ.引用例の実施例3の不織布は、上層部、下層部の密度がそれぞれ0.33g/cm3、0.04g/cm3であるのに対し、不織布相当品の各密度が不明である点。

引用例の実施例3には、密度の測定条件が記載されておらず、したがって、甲第4号証の1、3における不織布相当品の密度については意味のある計測ができない。

ⅲ.引用例の実施例3のバインダーの付着量が上層部、五層部それぞれ15.2%、2.2%であるのに対し、不織布相当品のバインダーの付着量が不明である点、及び、バインダーの付着方法とその乾燥手段が相違する点。

バインダーの付着量については、一体となっている不織布の各層のバインダー量を計測することは非常に難しく、引用例の実施例3には、各層のバインダー付着率の測定条件が記載されておらず、したがって、追試の不織布相当品においては意味のある計測ができない。

引用例の実施例3の不織布と不織布相当品の製造条件の違いの意味は前記説明書に示したとおりであり、これらの相違は、追試の意味を強めこそすれ、弱めることにはならない。

ⅳ.関係式E=KρFaについて

本願発明は、乾燥時における関係式を基に計算しているわけではなく、湿潤時にも関係式が成立するように不織布を構成しているのである。すなわち、レーヨンのように、吸水によって繊維の弾性が著しく変化する繊維を主体とした不織布(本出願前に多くみられた)では、乾燥時と湿潤時に圧縮弾性挙動が大きく異なる。しかしながら、本願発明では、繊維自体がほとんど水分を吸収せず、弾性がほとんど変化しない合成繊維を主体としており、湿潤状態でも不織布の圧縮弾性挙動が関係式を達成しているのである。

引用例の実施例3の不織布相当品は、バインダー浸漬接着法としてはマイルドな接着条件であり、K値を測定できるだけの弾性を有している。しかしながら、引用例の実施例3に相当するバインダー浸漬接着条件では、K値を定義づけるプロットの直線性は低下または直線近似ができなくなると推定される。このような直線近似ができない(すなわち、薄くて硬い)不織布は、本願発明の範囲外である。

<3> 甲第4号証の1ないし3の実験報告書に示した引用例の実施例3の不織布相当品は、上層部の繊維長42mmが再現されていないこと、及び、バインダーの付着量が明確でないことが指摘された。

そこで、新たな試作相当品の不織布について実験を行ったが、その結果は、柴大介作成の平成5年3月24日付け追加実験報告書(甲第4号証の4)の「表C」に記載のとおりである。

この実験では、世界中のメーカーに接触して探したが42mmの繊維長のものは入手できなかったので、やはり51mmのものを使用した。このように繊維長が9mm長いことは、甲第7号証の1の「繊維工学(Ⅳ)布の製造・性能及び物性」にも、布強度は「繊維長が13mmから25mm位までは繊維長とともに増し、それ以上は変わらないといわれる。」(303頁5、6行)と記載されているように、布強度について変わらず、実験結果に及ぼす影響はほとんどないと推定される。その他の点では、引用例の実施例3のものに条件を一致させた。

今回試作相当品は、バインダー純分の付着率が概ね設定どおりに製造されており、圧力20g/cm2下での厚みが0.43~0.55mmであり、繊維密度もほぼ設定どおりに仕上がった。

今回試作相当品の不織布についての実験結果は、甲第4号証の4の「表C」に示したとおりである。甲第4号証の3の前回不織布相当品の実験結果を示した「表A」で記したように、得られたサンプルの湿潤時のK値は0.90~0.74×106、ρF0値は1.38~2.20×10-2の範囲にあり、いずれも本願発明の特許請求の範囲に規定するK値及びρF0値の範囲から外れている。

前回不織布相当品では、絞り率、20g/cm2の厚さを測定していないが、「表A」に記載されたもののうち、少なくとも坪量、K値、ρF0値が今回試作相当品と同程度のサンプルについては、絞り率及び厚みは同程度であったと推定できる。

このように、甲第4号証の4の追加実験により、原告による引用例の実施例3の追試の妥当性が更に証明された。

(3)  取消事由3(相違点ロ.の判断の誤り)

イ.審決は、「引用例記載の発明の不織布は、具体例こそ上層部15g/m2、下層部18g/m2ではあるが、該引用例には不織布全体の繊維坪量は、20~60g/m2であって、上下層部のその割合は適宜選択される旨も記載されており、この趣旨からすれば、前記具体例のものにおいて、下層部を20~40g/m2程度のものとすることは、そのようになし得ない特別の理由も見当たらない以上、当業者にとって適宜実施できることであるというべきである」と認定判断している。

しかしながら、引用例記載の発明において、単に坪量を増加しても、本願発明のK値、ρF0値の範囲を満足するような不織布としての柔軟かつ嵩高性を備えることにはならないから、審決のいうように、単に18g/m2の坪量を20~40g/m2に増加することは無意味である。本願発明は、第1の層を坪量5~15g/m2と薄くし、これを第2の坪量20~45g/m2の圧縮弾性部分の層と組み合せることを要件としているのに、引用例には、このような坪量の組合せは記載されていないし、引用例の実施例1及び2では、坪量は上層部15g/m2に対し、中間層部7g/m2、下層部8g/m2となっていて、下層部を20~40g/m2程度に大きくすることを示唆する記載はどこにもない。

したがって、審決の上記認定判断は誤りである。

ロ.被告は、乙第1ないし第4号証を引用して、これら周知技術ないし技術常識を考慮すれば、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができた旨主張する。

しかしながら、乙第1号証のものは、レーヨンより弾性の低い多量のセルロース繊維が含有されていて、本願発明の物性を達成できないものであり、乙第2号証のものは、本願発明とはその目的を異にし、かつレーヨンの含有量が多い上に、ヒートロール方式で製造されるためρF0値が本願発明の範囲に入らないか、又はK値が定義できないものであり、乙第3号証のものは、現在の技術で最もハードな圧縮方法であるエボンス加工によるものであって、到底本願発明のρF0値を満たせないものであり、これらのいずれも具体的な厚さ、密度等の表示がない。また、乙第4号証にも本願発明のK値、ρF0値を示唆する記載はない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

2(1)  取消事由1(相違点の看過)について

原告は、本願発明の不織布が「バインダーにより繊維と繊維が点接着して骨格が形成されているため、繊維の自由度が大きく、弾力性を生じ、骨格を形成する接着点が3次元的に構成され」ると主張する。しかしながら、そのような構成ないし作用効果は、本願明細書には記載されておらず、当該主張は、本願発明の構成に基づかないものである。

原告は、また、引用例記載の発明の不織布が「本願発明の圧縮弾性の要件を具備しない。」とする。

引用例は、「表面平滑で表面強度があり、嵩高性、弾力性に富み、水分透過性がよく、しかも水分不滲出性がよいというような性能」を具備した「生理用ナプキン、紙おむつの外装材、その他の衛生、化粧用品等の構成材」(明細書2欄19行ないし3欄3行)として用いられる不織布に関し、不織布を構成する上層部と下層部の密度と上層部及び下層部のバインダー量に着目したものであって、確かに不織布の圧縮特性値については特に明記されていない。しかしながら、引用例記載の発明の不織布は、実施例1、2(浸漬法)に限定されるものではなく、一方、本願発明の不織布の圧縮弾性式中のK値、ρF0値は極めて広範囲のものを含むものである。

引用例には、「本発明不織布によれば、表面平滑であつて、繊度が上層部で細く下層部で太くなり、バインダー付着量が上層部に多く下層部に少なく分布し、かつ密度が上層部で高く下層部で低くなるように構成されているから、表面強度があって、従来の乾式不織布にはみられない嵩高性を有しそれゆえにまた弾力性に富むものであり、このため上層部がいわばシート状を呈する一方、下層部がいわばふんわりとした綿層状を呈する形態を有する。」(13欄13行ないし14欄2行)と記載されており、引用例記載の発明の不織布も柔軟かつ嵩高の不織布であることは明白である。

なお、不織布の製造工程において、スプレー方式でバインダーを付与することは、本出願前から普通に行われていることにすぎない。(乙第1号証参照)

(2)  取消事由2(相違点イ.の判断の誤り)について

イ.本願発明におけるK値、ρF0値の技術的意義と引用例記載の発明におけるK値、ρF0値について

<1> 原告は、引用例には、その不織布について、K値及びρF0値の具体的数値が示されてなく、本願発明の実施例11と引用例の実施例3との対比だけでは、引用例記載の発明は柔軟かつ嵩高であるとはいえない旨主張する。

しかしながら、審決に示したように、本願明細書に記載された事項を参酌すれば、引用例記載の発明の不織布のK値が本願発明の実施例11のものより小さくなり得ないことは明らかである。

<2> 本願発明がρF0≦1.2×10-2g/cm3と特定したことの技術的意義は、本願明細書の「圧縮弾性定数Kを大きくしても、圧縮圧0のときのみかけの比重量ρF0が大きいと、実用上つまり体重下におけるみかけの比重量ρFも大きくなり、繊維間の空隙は小さくなるため、ウエツトバツクは大きく、吸収時間も長くなるため、もれやすい欠点を有するので、ρF0を1.2×10-2g/cm3以下とするのがよい。」(6欄15行ないし21行)ということであり、実用上つまり体重下における比重量ρFが大きくなり、その結果として繊維間の間隔が小さくなることを防ぐためであると認められる。

そうすると、圧力0のときのみかけの比重量ρF0によって規定しなければならないということとはいえず、むしろ、実用のときの圧力下のみかけの比重量の方が重要であるともいい得ないわけでもないから、この点を考慮して、本願発明の実施例7及び実施例11の不織布の圧力20g/cm2のときのみかけの比重量ρFと引用例記載の発明の不織布の密度とを比較しても、圧力0g/cm2におけるρF0の値と比較した場合と、格別の差異は生じない。

原告は、「荷重20g/cm2の下でのみかけ比重量ρFの値にたとえ差がなくとも、両者のρF0の値が同じであるということにはならない。」と主張するが、これは、K値(材料特性に基づく定数)が異なる場合についてのみいい得ることであって、引用例記載の発明の不織布のK値と本願発明の不織布のK値には、実質的な差異はないのであるから(前記<1>参照)、本件の場合は、ρFの値で比較したとしても、ρF0の値で比較した場合と実質的な差異は生じない。

<3> 原告は、「引用例の如く、バインダーが下層部よりも上層部に多量に分布する場合には、上層は繊維同士の結合部分が多くなるので、上層を嵩高くかつ柔らかく形成することはできず、したがって、引用例記載の発明の不織布のK値が本願発明の規定したK値の範囲に入らないことは当然である。」と主張し、また、表面部分(上層)のバインダーに関して、「本願発明の実施例11の場合は、バインダー水溶液をスプレーして上層のバインダー量を少なくしている」、「本願発明の目的は、先行技術の欠点を改善するものであり、そのために上層のバインダー量をできるだけ少なくして特許請求の範囲に規定するK値、ρF0値を満足するように形成した不織布表面材を有する吸水性物品を提供するものである。」と主張する。

しかしながら、本願明細書には、不織布へのエマルジョン液のスプレーに関して、「ポリマーエマルジョンを用いる場合は、重ね合わせたカードウエブにエマルジョン液を均一にスプレーした後、熱処理して乾燥すればよい。」(6欄30行ないし33行)、実施例11について、「二層のカードウエブを重ね合わせたものにメチルメタクリレート/エチルアクリレートコポリマー(50/50)10%エマルジョン液をスプレーした後、乾燥、熱処理を行い、」(9欄19行ないし22行)と記載されているにすぎず、本願発明の不織布におけるバインダーが表面部分(上層部)と圧縮弾性部分(下層部)とにどのように分布したものであるかは何ら明らかにされていない。

また、単に「スプレーする」という記載のみでは、不織布の上方からスプレーするのか下方からスプレーするのかも明らかでない。不織布へのバインダーのスプレー方向によっては、バインダーの付着量及びその分布は、当然異なるものであり、例えば、不織布の上方からスプレーすると、上層部のバインダー量が多くなるのは当然のことであるから、本願発明の不織布においても、引用例記載の発明におけるバインダー分布と同じ状態になることもあり得る。

仮に、本願発明が「スプレー法」によるものであって、引用例記載の発明が「浸漬法」によるものである点で、不織布へのバインダーの付着方法が相違するとしても、本願発明は、バインダーの不織布へのスプレー方法について「上層のバインダーが少なくなる」態様に特定したものでなく、前記(1)で指摘したとおり、本願発明の不織布と引用例記載の発明の不織布は、嵩高性、弾力性があり感触性の改善を図った不織布である点においても同様のものであること、また、前記のように、本願発明の不織布の各部分におけるバインダー分布が引用例記載の発明の不織布のそれを除外しているものでもないこと等を考慮すると、本願発明の不織布のバインダー分布が引用例記載の発明と相違するということはできない。

ロ.引用例の実施例3の不織布のK値、ρF0値の実験結果について

<1> 原告は、引用例の実施例3として開示された不織布を実験室で製造し、そのK値を調べたところ、本願発明の特許請求の範囲に規定する範囲外であった、したがって、審決が引用例記載の発明の不織布のK値も本願発明のK値の範囲に含まれると推認したことは誤りであると主張する。

しかしながら、前記イ.<1>のとおり、本願明細書に記載された事項を参酌すれば、引用例記載の発明の不織布のK値が本願発明の実施例11のものより小さくなり得ないことは明らかであるから、引用例記載の発明の不織布のK値が実験報告書(甲第4号証の1ないし4)に示されたとおりのものであるとは、到底認めることができない。

<2> 原告は、実験報告書(甲第4号証の1ないし4)の実験データは、いくつかの点で引用例の実施例3の正確な追試といえない点があるが、実施例3の不織布相当品が本願発明に規定するK値、ρF0値を満たさないことを証明する妨げとならない旨主張するが、原告主張のⅱ、ⅲの点で相違する以上、原告の主張は論拠がない。

また、原告は、ⅳ.関係式E=KρFaについて、「レーヨンのように、吸水によって繊維の弾性が著しく変化する繊維を主体とした不織布では、乾燥時と湿潤時に圧縮弾性挙動が大きく異なる。しかしながら、本願発明では、繊維自体がほとんど水分を吸収せず、弾性がほとんど変化しない合成繊維を主体としており、湿潤状態でも不織布の圧縮弾性挙動が関係式を達成しているのである。」という。

しかしながら、審決に示したとおり、本願発明の実施例11では、表面部分としてレーヨンを30%配合した不織布を用いており、乾燥時と湿潤時とでは、その圧縮弾性挙動が異なるのは、無視できないものである。

引用例の実施例3の不織布は、ポリエステルのみであるのに対し、本願発明の不織布は、原告の主張する「吸水によって繊維の弾性が著しく変化する繊維」であるレーヨンを、ポリエステルに配合したものであるから、乾燥時と湿潤時で、圧縮弾性挙動が異なることになるのは、むしろ本願発明の不織布のほうである。

また、原告は、「引用例の実施例3に相当するバインダー浸漬接着条件では、K値を定義づけるプロットの直線性は低下または直線近似ができなくなると推定される。」と主張するが、前記イ.<3>で指摘したとおり、バインダー分布に明らかな差異がない以上、その主張は論拠がない。

<3> 甲第4号証の4の追加実験報告書にある追試も、以下の点で、引用例記載の実施例3の正確な追試とはいえない。

原告は、甲第4号証の4において、引用例記載の発明の不織布の厚みを密度と坪量とより算出し、「20g/cm2の圧力下で、上層部0.045mm、下層部0.45mm、全体で0.5mm」(4頁2行ないし11行)であるとしている。

しかしながら、これは、正確ではない。引用例の図面(別紙図面2参照)には、実施例1の密度比(c/d)と不織布の厚み(mm)との関係が示されており、第1表から密度比c/dは約6であるから、不織布の厚みは約5.3mmであることがわかる。

次に、引用例の実施例1(第1表)と実施例3(第3表)とを比較すると、実施例1では、不織布は上層部、中間層部、下層部の3層からなるのに対し、実施例3では上層部、下層部の2層からなり、中間層部がない点で異なる。ここで、実施例1において、中間層部は密度、坪量の関係からみて、上層部より厚みが少ないものと推定されるが、仮に、中間層部、下層部を合わせて下層部としても、この下層部は坪量15g/m2となり、実施例3の下層部の坪量18g/m2よりも少ない。更に、密度も実施例3のものの方が少ないから、実質的には実施例3の不織布の方が厚みが大きいといえる。

そうすると、甲第4号証の4において、引用例記載の発明の不織布の厚みを密度と坪量とより算出し、20g/cm2の圧力下で、上層部0.045mm、下層部0.45mm、全体で0.5mmであるとしたのは、正確な追試とは認められない。

(3)  取消事由3(相違点ロ.の判断の誤り)について

イ.原告は、「単に18g/m2の坪量を20~40g/m2に増加することは無意味である。」と主張するが、坪量を増加すれば厚みが増加して、使い捨ておむつ等として着用したときに吸収体と肌との間隙を増すこととなり、その結果、体液の保持、通過の具合等が相違してくることは技術常識であるから、坪量を増加することが無意味なことであるとはいえない。この点は、当業者が必要に応じて実施することである。

ロ.なお、審決が、本願発明と引用例記載の発明との対比にあたり、引用例には不織布の具体的な圧縮弾性について示唆するところもないから、両者の特定の実施例のみを比較してK値、ρF0値の異同を論じた点について適切ではなかったとしても、そもそも文献「繊維機械学会誌・レーヨン ステープル繊維層の圧縮特性について」(甲第6号証)に示された公知の圧縮弾性式が如何なる意味(位置付け)を有するものか明らかでなく、この式によって表されるK値、ρF0値が特許請求の範囲の記載からして、広範な範囲のものであることからすると、本願発明が、従来の不織布と如何なる相違があるかも明確ではないといわざるを得ない。(乙第1ないし第3号証参照)

本願発明は、主として表面部分の坪量を従来公知の20~30g/m2から、5~15g/m2へ低下させることによって、従来技術の欠点を改良することを技術的課題(目的)とするものであって、バインダーの付着量が格別の意味を有するものでないことは、本願明細書特に特許請求の範囲の記載から明らかである。

そして、本願明細書には、「本願発明の不織布を得るには、繊維の種類、繊度及び不織布の厚み等を調整してρF0≦1.2×10-2g/cm3、K≧1.2×106となるようにする」(6欄33行ないし36行)と明記されており、各実施例と比較例との対比からみて、K値及びρF0値はバインダー量と格別の関係がなく、むしろ、繊維の種類、繊度及び不織布の厚み等と密接に関係するものであると理解すべきである。

さらに、表面部分の坪量等を加減して不織布を構成することも、本出願前行われていたことである。(乙第4号証参照)

以上の周知技術ないし技術常識を考慮すれば、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、審決の結論に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、以下原告の主張について検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(平成1年特許出願公告第35105号公報)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、表面材を改良した吸水性物品に関する。(2欄6、7行)

(2)  現在広く使用されている使い捨ておむつ等の吸水性物品は、第1図に示す如く、着用時肌に当る側、すなわち、内側から表面層1、吸収層2、防漏層3の順に重ねられ、一体に成形され、着用に便利なように、テープ、ゴム等が設置されている。(別紙図面1参照)

一般に、表面層1は、その下に設置される吸収層2が着用中に破壊され着用者の肌についたり、製品全体がバラバラになるのを防ぐために用いられ、更には、吸収層に保持された体液が肌に戻ってくる(ウエットバックという。)のを抑える役割、肌に接する感触を良くする役割等を担っており、不織布が用いられている。

吸収層2としては、一般に、針葉樹のパルプ繊維を利用した綿状パルプを0.06~0.1g/cm3に圧縮し、成型したものが用いられている。近年は、高分子化学の進歩から、高吸収性ポリマーが開発され、吸収層の一部に利用されている例もみられる。

防漏層3としては、一般に低密度ポリエチレンフイルムが用いられている。

これらの層を重ね合わせて、一体に成形された吸水性物品において、表面層を構成する表面材の役割は、非常に重要で、まず、柔かな感触が要求される。現在公知の不織布においては、柔かな感触をだすために、構成する繊維の繊度をできるだけ下げて、なめらかなタッチにしようとの試みがあり、この方法では、例えば0.5デニールの合成繊維を使用する方法があるが、公知の不織布製造機では、安定した製造は難しく、経済性からみて、現在完成された不織布はみられない。他の試みとして、不織布の坪量をできるだけ小さくして、柔らかな触感をだそうとの試みもあるが、製造の経済性から15g/m2が限度であり、これより薄くするとウエブの不均一性のため強度が著しく低下する欠点がある。

次に、吸収層に保持された体液が着用者の肌に戻ってこない効果をだすために実用化されている公知の技術として、構成する繊維をできるだけ疎水性とし、界面活性剤等を用いて繊維表面のぬれの性質を調整する方法、不織布に深い凹凸をつけて、肌への接触面積を少なくし、ウエットバックを少なくする方法等が実施されているが、いずれの方法でも、旧来の表面材の効果より改善は認められるが十分とはいえない。また、従来の不織布表面材と吸収層どの間にある程度の圧縮弾性を有する層を設け、触感及びウエットバックを改善する方法も知られている。しかしながら、この方法は、実用上不十分である。すなわち、公知の圧縮弾性と厚みを有する層として、例えば生理用ナプキンにレーヨン綿が用いられているが、レーヨン繊維自身の物性から湿潤時圧縮弾性が著しく低下し、十分でない。また、レーヨン綿の代わりに、ポリプロピレンまたはポリエステル繊維等の綿を用いる試みもあるが、湿潤時圧縮弾性低下は少ないが、圧縮弾性の程度が少ないため、十分な効果が認められない。(2欄8行ないし3欄37行)

(3)  本願発明は、上述した従来の問題を解決するために、要旨記載の構成(1欄2行ないし25行)を採用した。(3欄38行ないし4欄22行)

(4)  本願発明において表面層として用いる不織布は、ポリプロピレン、ポリエステル等の合成繊維間を熱溶融バインダー繊維あるいはポリマーエマルジョンの如きバインダーを用いて接着して一体成形させることにより、乾時及び湿潤時圧縮弾性が向上し、十分な効果が得られる。

本願発明の如く、表面部分に用いる不織布と圧縮弾性部分の不織布とを一体成形することにより、不織布の表面部分4の坪量を従来の20~30g/m2から5~15g/m2へ低下させて、表面の柔らかな触感を著しく向上させることが可能となる。(4欄30行ないし5欄4行)

2  次に、原告主張の取消事由について検討する。

(1)  取消事由1(相違点の看過)について

原告は、本願発明は、具体的には、バインダーにより繊維と繊維が点接着して骨格が形成されているため、繊維の自由度が大きく、弾力性を生じ、骨格を形成する接着点が3次元的に構成され、湿潤時にも不織布のρF0値が0.012g/cm3以下で、K値が1.2×106以上となる弾性を有する圧縮弾性層であって、引用例記載の発明とはこの点において相違するのに、審決は、これを看過していると主張する。

しかしながら、審決も、本願発明における表面層を構成する不織布が湿潤時においてもρF0値が0.012g/cm3以下で、K値が1.2×106以上との要件を具備する点について、一応相違点イ.として、「このようなρF0及びKの値について引用例記載の発明は言及するところがない。」と認定している。原告が取消事由1において主張する2層構造の不織布の接着方法は、本願発明の規定するK値及びρF0値を満たすために有利といえても、本願発明の要旨外であって、これに限定されるものではなく、また、原告の主張によれば、その結果得られる不織布が柔軟かつ嵩高な不織布であるのは本願発明の規定するK値及びρF0値を満たすことによるというのであるから、結局引用例記載の発明における成形された繊維が上記圧縮特性式を満たすとした審決の判断の当否、つまり、相違点イ.の判断の当否に帰着し、審決がそれ以外の相違点を看過していることにはならない。

したがって、原告主張の取消事由1は、実質的には、相違点イ.の判断の誤りを主張していることに帰するから、この点は、取消事由2において検討する。

(2)  取消事由2(相違点イ.の判断の誤り)について

イ.前記1認定の本願明細書の記載事項によれば、本願発明は、その要旨とする特許請求の範囲に規定した圧縮特性式におけるK値及びρF0値を満たすように構成することにより、本願発明によって得られる不織布を圧縮特性を有し、かつ嵩高性を保持するようにしたものと認められるところ、原告は、引用例の実施例3によって得られる不織布は、K値及びρF0値とも本願発明の規定する範囲外であって、本願発明のような柔軟かつ嵩高な不織布ではないのに、審決が相違点イ.について両発明のK値及びρF0値に差異がないと判断したことは誤りである旨主張するので、この点について検討する。

<1> 成立に争いのない甲第3号証(昭和55年特許出願公開第158367号公報)によれば、引用例記載の発明は、発明の名称を「不織布およびその製造方法」(1欄3行)とするものであり、その特許請求の範囲(1)項には、「疎水性繊維を主材としてなる少なくとも上層部と下層部とを有し、前記上層部が表面平滑であつて前記下層部よりも細繊度の繊維で高密度に構成され、これら繊維に付着されているバインダーが前記下層部よりも前記上層部に多量分布し、かつ前記上層部の密度(c)と前記下層部の密度(d)とがc/d=1.5以上になつていることを特徴とする不織布。」と記載されていることが認められる。(1欄5行ないし11行)

そして、その「発明の詳細な説明」には、「本発明は、疎水性繊維を主材とする多層構造を有する不織布およびその製造方法、さらに詳しくは、表面平滑で表面強度があり、嵩高性、弾力性に富み、水分透過性がよく、しかも水分不滲出性がよいというような性能が要求される、たとえば、生理用ナプキン、紙おむつの外装材、その他の衛生、化粧用品等の構成材として好適な多層構造を有する乾式不織布およびその製造方法に関する。」(2欄17行ないし3欄4行)、「本発明不織布によれば、表面平滑であつて、繊度が上層部で細く下層部で太くなり、バインダー付着量が上層部に多く下層部に少なく分布し、かつ密度が上層部で高く下層部で低くなるように構成されているから、表面強度があって、従来の乾式不織布にはみられない嵩高性を有し、それゆえにまた弾力性に富むものであり、このため上層部がいわばシート状を呈する一方、下層部がいわばふんわりとした綿層状を呈する型態を有する。」(13欄13行ないし14欄2行)と記載されていることが認められる。

この記載からすれば、引用例記載の発明の不織布は、柔軟かつ嵩高であり、これは本願発明の吸水性物品が本願発明の規定するK値及びρF0値の範囲を満足することにより柔軟かつ嵩高の性能を有することと、基本的に同じ性能のものであるということができる。

<2> そして、前掲甲第2号証によれば、本願明細書には、K値について、「圧縮弾性の目安となる定数Kの値は、つかいすておむつなどのウエツトバツクが少なくなるためには、乾燥時においてはもちろんであるが湿潤時においてさえも1.2×106以上となる必要があり、大きくなるほど望ましい。湿潤時のK値を大きくする因子としては、セルロース系などの親水性繊維は望ましくなく、合成繊維がよく、繊度の大きな物を多く含むほど大きくなる。この圧縮弾性を大きく保つためには、例えば圧縮弾性部分5が6デニール以上の繊維を重量にして30%以上含むことが望ましく、」(6欄2行ないし12行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、K値を本願発明のようにするためには、繊維の種類としては合成繊維がよく、セルロース系等の親水性繊維は好ましくなく、繊度が大きいものを多く含むのがよいということになる。

さらに、K値について、本願明細書の実施例の記載事項を検討すると、前掲甲第2号証によれば、その実施例11には、

「表面部分:PET 1.5d×51mm 70%

レーヨン 3d×51mm 30%

坪量 10g/m2

圧縮弾性部分:PET 6d×51mm 100%

坪量 20g/m2

からなる二層のカードウエブを重ね合わせたものにメチルメタクリレート/エチルアクリレートコポリマー(50/50)10%エマルジョン液をスプレーした後、乾燥、熱処理を行い、」(9欄13行ないし22行)と記載されていることが認められる。

他方、前掲甲第3号証によれば、引用例の実施例3には、

「上層部:ポリエステル 1.5d×42mm

坪量 15g/m2

下層部:ポリエステル 6d×51mm

坪量 18g/m2」(4頁左上欄第3表)で、「実施例1と同様の方法で製造した。」(3頁右下欄末行ないし4頁左上欄1行)と記載されていることが認められ、実施例1の製造方法は、「積層繊維ウエブをポリアクリル酸エステルエルマジヨン(エマルジヨンの誤りと認められる。)の10%の溶液中に導いてこれを含浸せしめたのち、吸引力120kg/cm2に調整したサクシヨンゾーンを通過せしめた。次いで、140℃の予備乾燥をしたのち、120℃のヤンキードライヤー面に前記上層部に相当する繊維ウエブの表面を接触させてフラツトに仕上げて巻取つた。」(3頁右上欄末行ないし左下欄7行)ものであることが認められ、その結果、ポリアクリル酸エステルの付着量は、「上層部15.2%、下層部2.2%」(前記第3表)であることが認められる。

ここで、両実施例を比較すると、繊維の種類については、本願発明は合成繊維のポリエステル繊維とセルロース系の親水性ともいえるレーヨン繊維からなるのに対して、引用例記載の発明は合成繊維のポリエステル繊維のみからなり、また、繊度については、両者ともほぼ同じであり、坪量についても、その数値が近似していることが認められ、そうすると、引用例記載の発明には親水性ともいえるレーヨン繊維が含まれていず、合成繊維のポリエステル繊維のみからなっているのであるから、引用例記載の発明における不織布のK値は、本願発明のK値よりも小さくなり得ないことは明らかであると認められる。

そうすると、審決の「引用例記載の発明の不織布もまた、本願発明の圧縮特性式を用いて測定すると、前記K値の範囲に含まれるものと推認することができる。」、「してみると、本願発明における不織布と引用例記載の発明における不織布とは、Kの値については差異がないといわざるを得ない。」との判断を誤りとすることはできない。

<3> 一般に不織布のみかけ比重量は、厚さと重さの値から計算し、厚さは厚さ測定機を用い、20g/cm2の荷重のもとで一定時間放置して求めるとされていること、本願発明における不織布のみかけ比重量ρFを、前記圧縮特性式において圧力Pを20g/cm2、aを3とした場合に、実施例11について計算してみるとρF=0.03(g/cm3)となり、同じく実施例7はρF=0.06(g/cm3)となることは、当事者間に争いがない。。

一方、引用例記載の発明の不織布においては、密度が、上層部0.33g/cm3、下層部0.04g/cm3であり、したがって、全体の密度は、平均して0.04g/cm3より大きく0.33g/cm3より小さいものと考えられることも、当事者間に争いがない。

してみると、審決の判断するように、「本願発明で特定しているρF0≦1.2×10-2g/cm3を当然満たすものであるといえる実施例7、実施例11等の不織布におけるみかけ比重量ρFは、引用例記載の発明の不織布における密度と実際には差異がないものであるといわざるを得ない」というべきである。

原告は、審決が本願発明のみかけの比重量ρFと引用例記載の発明の不織布の密度との差異を論じたのは誤りであって、圧力0g/cm2におけるρF0値と比較しなければならない旨主張する。

しかしながら、前掲甲第2号証によれば、本願明細書には、「圧縮弾性定数Kを大きくしても、圧縮圧0のときのみかけの比重量ρF0が大きいと、実用上つまり体重下におけるみかけの比重量ρFも大きくなり、」(6欄15行ないし17行)と記載されていることが認められ、この記載から判断して、圧縮弾性定数Kが同じであるとき、圧縮圧力0のときのρFの値であるρF0値が大きいと、みかけの比重量ρFも大きくなるものと認められるから、本願発明の実施例7及び実施例11の不織布のみかけの比重量ρFと引用例記載の発明の不織布の密度とを比較して両者に差異が認められないということは、圧縮圧力0のときのρFの値であるρF0値についても差がないといわざるを得ない。

そうすると、本願発明と引用例記載の発明のみかけの比重量ρFについて両者に差異がない旨の認定判断から、圧縮圧力0のときのρF0値についても両者に差異がないといえるから、審決の上記認定判断に誤りがあるということはできない。

<4> 原告は、引用例の実施例3の場合は、繊維ウエブをバインダー水溶液中に浸漬するので、多量のバインダーが繊維ウエブ中の特に上層部の繊維に付着し、得られたK値は低く、ρF0値は高くなり、いずれも本願発明の要旨の規定する範囲外となると主張する。

多量のバインダーがウエブ中の繊維に付着すると、繊維同士が点接着よりも線接着する傾向が大きくなって接着度が増加することが推認されるから、得られた不織布の柔軟性や嵩高性が損なわれて、原告主張のようにK値は低く、ρF0値は高くなることはそのとおりであると判断される。

しかしながら、前掲甲第3号証によれば、引用例には、「かつ下層部(不織布が三層以上である場合でも、中間層部を含めて、以下の説明では、下層部という)の密度を低くし、嵩高性を付与するため、」(2頁右上欄18行ないし左下欄1行)、「これらのバインダーは、上層部に多量分布し、下層部にそれよりも少量分布するように付着されるが、上層部の付着量(a)と下層部の付着量(b)との比率がa/b=3以上であり、かつ上層部の付着量がその繊維に対して5~30重量%であることが望ましい。a/b=3以下であると、嵩高性、弾力性が乏しくなるため、使用者にやわらかいという感触を与えることができない。」(同欄18行ないし右下欄5行)と記載されていることが認められる。このように、バインダーの付着量が多いと不織布に柔軟性や嵩高性が損なわれることから判断すれば、不織布の柔軟性と嵩高性は主として下層部に起因するものと考えられ、したがって、下層部におけるバインダー付着量こそが問題となるから、上層部に多量のバインダーが付着することは、不織布の柔軟性と嵩高性を損なうこと、すなわち、得られた不織布のK値は低く、ρF0値は高くなることを裏付けるものではないというべきである。

また、繊維ウエブをバインダー水溶液に浸漬することは、必ずしも多量のバインダーがウエブ中の繊維に付着することを意味しないということができる。すなわち、繊維ウエブをバインダー溶液中に導いて含浸させる場合であっても、その後の処理如何では、最終的に繊維に付着するバインダーの量は少ない場合もあり得るから、引用例の実施例3が浸漬法をとっているからといって、バインダーの付着量が多くなって、得られた不織布のK値が低く、ρF0値が高くなるとは限らないというべきである。

引用例の実施例3では、前記<2>認定のとおり、エマルジョン液にウエブを導いて含浸せしめた後、吸引力120kg/cm2に調整したサクションゾーンを通過せしめており、前掲甲第3号証によれば、この際「コンベアの上面に不織布の上層部となるべき繊維ウエブを載せるとともに、その上面に下層部となるべき繊維ウエブを積層してサーチユレーター部に送ってバインダーを付着せしめたのち、サクシヨン部に送る。このサクシヨン部において、バインダーを前記下層部となるべき繊維ウエブ側から前記上層部となるべき繊維ウエブ側へ吸引移行せしめることにより、余剰のバインダーを除去するとともに、バインダーの付着量が前記のようにa/b=3以上になるように調整する。」(3頁左上欄18行ないし右上欄8行)と記載されていることが認められ、このことから、浸漬によりウエブ中に含浸したエマルジョン液がこのサクションゾーン通過中に下層部側から上層部側へ吸引移行され、余剰のバインダーが除去されることにより、下層部の繊維に付着するバインダー量が少なくなって不織布全体として柔軟さと嵩高性を有するようになることが示されているというべきである。

ロ.原告は、甲第4号証の1ないし4の実験データから、引用例の実施例3により得られる不織布のK値は低く、ρF0値は高くなり、いずれも本願発明の要旨の規定する範囲外であることは明らかである旨主張するので、これについて検討する。

<1> 甲第4号証の1ないし3について

成立に争いのない甲第4号証の1(柴大介作成の平成3年7月12日付け実験報告書)、同号証の2(同人作成の同年11月18日付け実験報告書説明書)、同号証の3(同人作成の平成4年5月20日付け追加実験報告書)によれば、これらの実験報告書は、引用例の実施例3の不織布相当品として、甲第4号証の2に記載の、「不織布の製造条件」の項の「(1)繊維組成について」と題する表のNo.(1)ないしNo.(4)にしたがって製造した不織布試料における合計13点でのW(g/cm2)、L(mm)、T(g)の測定値を基にして、同号証の3に掲載の「表A」に記載されるK値、ρF0値の各算出値を得たことを示すものであると認められる。

これらの実験結果によれば、特に前記「表A」の記載からみて、引用例の実施例3の不織布相当品は、K値のみが本願発明で規定するK≧1.2×106を満たしているサンプルはある(サンプル2、3、4)が、本願発明で規定するK値及びρF0値の要件を共に満たしているサンプルはないということができる。

上記実験において、引用例の実施例3では繊維長が42mmであるのに対し、51mmのものを使用した点は、不織布の厚み、物性に有意な差が生じるとすべき理由とはならない。しかしながら、該実験では、以下の点に問題があるといえる。すなわち、

ⅰ.引用例の実施例3の不織布における上層部、下層部の密度がそれぞれ0.33g/cm3、0.04g/cm3であるのに対し、不織布相当品での各密度が不明である。(なお、引用例の第3表のうち、下層部の密度は9.04g/cm3と記載されているが、常識に照らし、また、上層部に対する密度比が0.12とあるので、これと上層部の密度0.33g/cm3から算出して9.04g/cm3は0.04g/cm3の誤記と認められる。)

ⅱ.引用例の実施例3の不織布における上層部、下層部のバインダー付着量がそれぞれ15.2%、2.2%であるのに対し、不織布相当品での各バインダー付着量が不明である。

ⅲ.引用例の実施例3の不織布におけるバインダーの付着方法及びその乾燥手段は、前記イ.<2>認定のように、積層繊維ウエブをポリアクリル酸エステルエマルジョンの10%の溶液中に導いてこれを含浸せしめたのち、吸引力120kg/cm2に調整したサクションゾーンを通過せしめ、次いで、140℃の予備乾燥をしたのち、120℃のヤンキードライヤー面に前記上層部に相当する繊維ウエブの表面を接触させてフラツトに仕上げて巻取るという方法であることが認められるのに対し、実験に使用した不織布相当品は、前掲甲第4号証の2によれば、「1.不織布の製造条件」の「(2)No.(1)-2の製造条件について」の「<3>実験室条件実施について注意した事項」に記載されている、「b.実験室条件ではバインダ水溶液槽にバットを使用し、ウエブをネットに載せたまま、ウエブの上面が埋没するように手で押し込み10秒間浸した。…」

「c.実験室条件では、浸漬後、ウエブをネット上で約20秒間静置して水切りした。…」

「d.実験室条件では、熱風透過式ヤンキードライヤーを想定し、実験室用電気乾燥機内で、押さえ圧2g/cm2の加圧条件の下で乾燥した。」

(2頁11行ないし19行)ものであると認められる。

これによれば、両者のバインダーの付着方法及びその乾燥手段は、前者が、含浸後、吸引力120kg/cm2に調整したサクションゾーンを通過せしめ、次いで、予備乾燥後、120℃のヤンキードライヤー面に前記上層部に相当する繊維ウエブの表面を接触させてフラツトに仕上げるのに対し、後者は、浸漬後、ウエブをネット上で約20秒間静置して水切りし、実験室用電気乾燥機内で、押さえ圧2g/cm2の加圧条件の下で乾燥したものであって、両者は、製造条件を異にすることが認められる。

前記実験報告書で問題と考えられる上記の諸点について検討するに、ⅰ.密度については、前掲甲第2号証によれば、本願明細書には、「圧縮弾性定数Kを大きくしても、圧縮圧0のときのみかけの比重量ρF0が大きいと、実用上つまり体重下におけるみかけの比重量ρFも大きくなり、繊維間の空隙は小さくなるため、ウエツトバツクは大きく、吸収時間も長くなるため、もれやすい欠点を有するので、」(6欄15行ないし20行)と記載されていることが認められることに照らし、密度は、得られた不織布の嵩高性に強く影響するものと認められる。

次に、ⅱ.バインダー付着量についても、多量のバインダーがウエブ中の繊維に付着すると、繊維同志が点接着よりも線接着する傾向が大きくなって接着度が増すであろうから、得られた不織布の柔軟性や嵩高性に強く影響するものと推認される。

さらに、ⅲ.バインダーの付着方法及びその乾燥手段の相違は、得られた不織布の特にバインダー付着量、その分布及び嵩高性に影響を及ぼす要素であるものと認められる。

このような点からすると、甲第4号証の1ないし3の実験結果における引用例の実施例3の不織布相当品が示すK値、ρF0値をもっては、引用例の実施例3の不織布のK値、ρF0値を把握することはできないものといわざるを得ない。

したがって、甲第4号証の1ないし3をもっては、引用例の実施例3により得られる不織布のK値は低く、ρF0値は高くなり、いずれも本願発明の規定する範囲外であることを立証するということはできず、原告の主張は根拠を欠くものであって、採用することができないというべきである。

原告は、引用例には、密度の測定条件及びバインダー付着率の測定条件が記載されておらず、実施例3の不織布相当品について意味のある計測ができないから、該相当品の各密度及びバインダーの付着量が不明であっても、バインダーの付着方法及びその乾燥手段が相違しても、立証の妨げにはならないと主張するが、計測できないから製造条件を任意に設定してよいということはできないし、実験結果をもって前記実施例3の不織布のK値、ρF0値を示すものということもできない。

<2> 甲第4号証の4について

甲第4号証の4は、引用例の実施例3の不織布相当品として、同号証の「1.特開昭55-158367実施例3相当不織布の製造条件と確認項目」の「(1)繊維組成」の表中の「今回試作相当品」欄に記載の組成の繊維原料を用いて、「(2)バインダ付着及び乾燥条件」の<1>、<2>にしたがって製造した不織布試料である今回試作相当品において、「2.結果」に掲載の「表C」に記載されるK値、ρF0値の各値を得たことを示す実験報告書であるものと認められる。

この実験結果によれば、得られたサンプルの湿潤時のK値は0.09~0.74×106で、ρF0値は1.38~2.20×10-2の範囲にあり、いずれも、本願発明で規定するK値及びρF0値の範囲から外れている。

そして、繊維密度についてみると、甲第4号証の4によれば、引用例の実施例3について、厚みは測定されていないので、繊維密度と坪量から厚みを計算した結果、全体厚みは、0.0495~0.5mmと推定でき、したがって、各層の坪量を、引用例の実施例3に合わせ、乾燥後に全体厚みが20g/cm2の圧力下で0.5mmになっていれば、繊維密度は再現されたものと推定してよいとの結論を導いていることが認められる。(3頁末行ないし4頁11行)

この点について、被告は、引用例の図面には、実施例1の密度比(c/d)と不織布の厚み(mm)が示されており、「第1表」から密度比c/dは約6であるから、実施例1の不織布の厚みは約5.3mmであることがわかり、また、実質的には、実施例1よりも実施例3の不織布のほうが厚みが大きいといえるから、全体で0、5mmであるとした甲第4号証の4の今回試作相当品は、引用例の実施例3の正確な追試とは認められない旨主張する。

両者の主張は、不織布の厚さにおいて1桁相違しているものの、その理由、根拠において誤りがあることも窺えないといえる。

前掲甲第3号証によると、引用例記載の不織布の用途が「生理用ナプキン、紙おむつの外装材、その他の衛生、化粧品等の構成材」(3欄2行ないし3行)であるから、このことから判断すると、被告主張の厚さが約5.3mmというのはかなり厚すぎるといえなくもないが、だからといって、これが非常識な厚さを示す数値であって誤りであるとすることもできない。

両者の主張に誤りが認められないのに、不織布の厚さを示す数値が相違するのは、引用例の記載そのものに誤りがあるためと考えられる。例えば、「第3表」中の「密度」の下層部の数値が「9.04」とあるのは「0.04」の誤りであることは既に指摘したとおりであるが、「密度」の単位が「(g/m3)」とあるのも「(g/cm3)」の誤りであると判断され(原告は、甲第4号証の4で正しくg/cm3と記載している。)、「第1表」中の「密度」の中間層部の数値が「0.5」とあるのも前後の数値から「0.15」の誤りと考えられ、このように引用例にはデータ等の記載において幾つかの誤りが認められるものである。

いずれにしても、両者の主張は、ともに引用例の記載に基づくものであり、どちらが誤りということはできず、繊維密度からは、甲第4号証の4の実験結果をもって、引用例の実施例3の不織布のK値及びρF0値が本願発明で規定する範囲外であるとか範囲内であるとかの考察はできないというべきである。

しかしながら、該実験報告書に記載された追試は、は次の点において、引用例の実施例3の正確な追試ということはできないと判断される。

すなわち、バインダ付着及び乾燥条件についてみると、引用例の実施例3では、前示イ.<2>のように、含浸後、吸引力120kg/cm2に調整したサクションゾーンを通過せしめ、次いで、予備乾燥後、ヤンキードライヤー面に前記上層部に相当する繊維ウエブの表面を接触させてフラツトに仕上げるものと認められる。

これに対し、甲第4号証の4の今回試作相当品では、同号証の「(2)バインダ付着及び乾燥条件」の表の「ウエブ接着」の欄に記載されるとおりの「バインダ(10wt%)溶液中に浸漬して絞り率180%になるようにマングルを通した。」もので、「乾燥」の欄に記載されるとおりの「2g/cm2加圧下で電気乾燥機(120℃20分間)内で乾燥。」したものであると認められる。ここで、絞り率180%にするのは、同号証の4に「特開昭55-158367にあるように、上、下層のバインダ密度がそれぞれ15.2%、2.2%になるとすれば、絞り率Xは、10wt%バインダ溶液の場合、…181%となる。」(4頁18行ないし22行)と記載されていることからして、引用例の実施例3における不織布全体でのバインダ純分の付着量の算出結果に基づくものと認められる。

そうすると、引用例の実施例3の不織布と甲第4号証の4の今回試作相当品のバインダーの付着方法及びその乾燥手段は、前者が、上記のとおりであるのに対し、後者は、浸漬後、絞り率180%になるようにマングルを通し、2g/cm2加圧下で電気乾燥機(120℃20分間)内で乾燥したものであり、異なっている。

そして、バインダー付着量については、引用例の実施例3では、上記のバインダーの付着方法及びその乾燥手段を採ることによって、上層部と下層部で異なり、上層部が15.2%であり、下層部が2.2%であるのに対し、今回試作相当品では、マングルを用いて絞り率180%になるようにしたものであるから、不織布全体では、引用例の実施例3とほぼ同じであると判断されるが、例え、上層部が下層部よりも毛管力が大きいため、下層部よりも上層部に相対的に大きい付着率で付着する傾向が生じるとしても、上記引用例の実施例3におけると同じ付着割合で両層部に分布すると考えることはできず、上層部と下層部のバインダー付着率は、引用例の実施例3におけると同じとは認められないというべきである。

引用例の実施例3では、バインダーが上記の各付着率で分布することによって、付着率全体として柔軟性と嵩高性を有することになることは、前示<1>のとおりであり、バインダー付着率の分布がこれと同じと認められない今回試作相当品において、上記の実験結果が得られたことをもっては、引用例の実施例3の不織布のK値及びρF0値が本願発明で規定するそれの範囲外であることを立証することにはならないものというべきである。

ハ.以上のとおりであって、引用例記載の発明における不織布は、前記イ.において、同認定の引用例の記載事項を本願明細書に記載されたK値及びρF0値の技術的意義及び実施例についての記載事項と対比して検討したとおり、本願発明の圧縮特性式を用いて測定すると、本願発明の規定するK値と差異がなく、また、圧縮圧力0のときのρF0値についても本願発明の規定するところと差異がないというべきであって、原告の行った引用例の実施例3の不織布相当品のK値、ρF0値の実験結果によっては、この認定判断を左右することはできないから、原告主張の取消事由2は理由があるとすることはできない。

(3)  取消事由3(相違点ロ.の判断の誤り)について

原告は、引用例記載の発明において、単に坪量を増加しても、本願発明のK値、ρF0値を満足するような不織布としての柔軟かつ嵩高性を備えることにはならないから、審決のいうように、単に18g/m2の坪量を20~40g/m2に増加することは無意味であると主張する。

しかしながら、坪量を増加すれば、不織布の厚みが増加して使い捨ておむつ等として着用したときに、吸収体と肌との間隙を増すことになり、その結果、体液の保持、通過の具合等が相違してくることは技術常識と認められるから、坪量を増加することが無意味なことであるということはできない。

また、前掲甲第2号証によれば、本願明細書には、「強度改善の観点からみると、従来型の不織布の場合、吸水性物品の横方向の引張強度を湿潤時測定するとき、少なくとも250g/25mm以上、望ましくは350g/25mm以上ないと使用中に破れることが多く、…しかしながら、本発明にかかる一体成形の場合、表面部分4が5~15g/m2と薄くなるため、引張強度テストでは130g/25mmと著しく低下させても、実用テストでは全く表面の破れが認められなかった。」(5欄5行ないし9行)、「圧縮弾性部分5については、その坪量が20~45g/m2が望ましく、もっとも望ましくは25~35g/m2である。坪量がこの範囲より、大なるときは前述の性能は満されるが、経済性の面から好ましくはない。」(5欄18行ないし22行)と記載されていることが認められるが、この記載から判断すると、坪量の規定は不織布に必要な引張強度を与える目的も含まれていることになり、坪量を増加すれば不織布の厚みが増加してその強度も増大するものと認められる。

また、前掲甲第3号証によれば、引用例には、「不織布全体の繊維坪量は、20~60g/m2であって、上下層部のその割合は、不織布の使用目的、用途によって異なるが、上層部の密度が高く、下層部の密度が低くなる範囲で適宜選択される。」(2頁左下欄2行ないし6行)と記載されていることも認められる。

これらの記載からしても、下層部の坪量を引用例の実施例3における18g/m2に代えて、本願発明で規定する20~40g/m2として不織布の厚さを増加することは、当業者であれば必要に応じ適宜実施できることであって、こめ旨の審決の判断を誤りとすることはできない。

3  以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張は、いずれも理由がない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面1

<省略>

図面の簡単な説明

第1図は吸水性物品の断面図、第2図は本発明の吸水性物品に表面層の材料として用いられる不織布の断面図である。

1……表面層、2……吸収層、3……防漏層、4……不織布の第1の層(表面部分)、5……不織布の第2の層(圧縮弾性部分)。

別紙図面2

<省略>

図面の簡単な説明

図面は、本発明実施例1において製造された不織布の厚みとその上下層の密度比との関係を示すもので、縦軸に厚みをとり、横軸に密度比をとつてある。

cは上層部の密度、dに下層部の密度を示す。

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